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最高裁判所大法廷 昭和26年(あ)2357号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

当審における未決勾留日数中百五十日を被告人春日正一の本刑に算入する。

理由

被告人両名弁護人青柳盛雄、岡林辰雄、上村進、神道寛次、岡崎一夫、小沢茂、福田力之助、谷村直雄、宮良寛雄、今野義礼、牧野芳夫、佐伯静治、上田誠吉、平林正三、大蔵敏彦、石島泰、吉村節也、竹沢哲夫、関原勇の上告趣意(以下青柳弁護人等上告趣意と略称する)第一点乃至第四点、被告人春日正一弁護人布施辰治の上告趣意第四点、被告人春日正一弁護人岡崎一夫の上告趣意第一、二点、被告人春日正一の上告趣意第二、三点について。

団体等規正令(以下規正令と略称する)一〇条による法務総裁の出頭要求命令の効力についての争訟は日本の裁判所が裁判権を有しないと解すべきことは昭和二五年(オ)一四七号同年七月五日大法廷判決(民事判例集四巻七号二六四頁以下)及び昭和二三年(れ)一八六二号昭和二四年六月一三日大法廷判決(刑事判例集三巻七号九七四頁以下)の趣旨に徴して明らかなところであるから、被告人春日正一に対する本件出頭要求命令を無効なりと主張する各論旨(青柳弁護人等上告趣意第三点、岡崎弁護人上告趣意第二点、春日正一上告趣意第三点)は採用することができない。そして規正令を無効なりと主張する各論旨(青柳弁護人等上告趣意第四点岡崎弁護人上告趣意第一点、春日正一上告趣意第二、三点)及び規正令の基ずく昭和二〇年勅令五四二号を無効なりと主張する各論旨(青柳弁護人等上告趣意第一、二点、布施弁護人上告趣意第四点)はいずれも結局は被告人春日正一に対する本件出頭要求命令の無効を主張する前提に外ならないから、これまた、採用すべき限りでないといわなければならぬ。

青柳弁護人等上告趣意第五点について。

一件記録によると、原審の是認した第一審判決がその判示第二事実認定の証拠として所論の山口久児子の検察官に対する供述調書を採用していること、並びに右山口久児子が検察官の請求により第一審裁判所において証人として尋問せられた際本件公訴事実の存否に関する重要な事項につきその証言を拒絶したため、被告人において右調書記載の同証人の供述につき反対尋問の機会を得られなかったことは、論旨の指摘するとおりである。

しかし、憲法三七条二項は、裁判所が尋問すべきすべての証人に対して被告人にこれを審問する機会を充分に与えなければならないことを規定したものであって、被告人にかかる審問の機会を与えない証人の供述には絶対的に証拠能力を認めないとの法意を含むものではない(昭和二三年(れ)八三三号同二四年五月一八日大法廷判決判例集三巻六号七八九頁以下参照)。されば被告人のため反対尋問の機会を与えていない証人の供述又はその供述を録取した書類であっても、現にやむことを得ない事由があって、その供述者を裁判所において尋問することが妨げられ、これがために被告人に反対尋問の機会を与え得ないような場合にあっては、これを裁判上証拠となし得べきものと解したからとて、必ずしも前記憲法の規定に背反するものではない。刑訴三二一条一項二号が、検察官の面前における被告人以外の者の供述を録取した書面について、その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明、若しくは国外にあるため、公判準備若しくは公判期日において供述することができないときは、これを証拠とすることができる旨規定し、その供述について既に被告人のため反対尋問の機会を与えたか否かを問わないのも、全く右と同一見地に出た立法ということができる。そしてこの規定にいわゆる「供述者が……供述することができないとき」としてその事由を掲記しているのは、もとよりその供述者を裁判所において証人として尋問することを妨ぐべき障碍事由を示したものに外ならないのであるから、これと同様又はそれ以上の事由の存する場合において同条所定の書面に証拠能力を認めることを妨ぐるものではない。されば本件におけるが如く、山口久児子が第一審裁判所に証人として喚問されながらその証言を拒絶した場合にあっては、検察官の面前における同人の供述につき被告人に反対尋問の機会を与え得ないことは右規定にいわゆる供述者の死亡した場合と何等選ぶところはないのであるから、原審が所論の山口久児子の検察官に対する供述調書の記載を、事実認定の資料に供した第一審判決を是認したからといって、これを目して所論の如き違法があると即断することはできない。尤も証言拒絶の場合においては、一旦証言を拒絶しても爾後その決意を翻して任意証言をする場合が絶無とはいい得ないのであって、この点においては供述者死亡の場合とは必ずしも事情を同じくするものではないが、現にその証言を拒絶している限りにおいては被告人に反対尋問の機会を与え得ないことは全く同様であり、むしろ同条項にいわゆる供述者の国外にある場合に比すれば一層強き意味において、その供述を得ることができないものといわなければならない。そして、本件においては、山口久児子がその後証言拒絶の意思を翻したとの事実については当事者の主張は勿論これを窺い得べき証跡は記録上存在しない。それ故論旨は理由がない。

同第六点について。

所論山口久児子の検察官に対する供述が、仮りに所論(1)乃至(9)のような情況の下にされたものであるとしても、これを以て強制又は拷問による供述であるということはできない。その他右供述が任意になされたものでないことを認むべき資料は存しないから、所論は採るをえない。

同第七点について。

被告人山口正之が被告人春日正一の犯人であることを知っていたという点の直接証拠は所論の被告人山口正之の検察官に対する供述調書中の供述記載だけであることは所論のとおりである。しかしこの証拠と第一審判決挙示の証拠すなわち証人藤井久子の供述、山口久児子の検察官に対する供述調書、第一審公判廷における被告人山口正之の供述等を綜合するときは、全体としての本件犯人蔵匿罪の成立要件たる事実が肯認されうるのであるから、被告人山口正之の知情の点についての所論自白を直接補強するに足る特別の証拠はこれを必要としないものであることは当裁判所の判例(昭和二三年(れ)七七号同二四年五月一八日大法廷判決判例集三巻六号七三四頁以下)の趣旨に徴して明らかである。されば憲法三八条三項違反の論旨はその前提を欠き採るをえない。

布施弁護人上告趣意第一点乃至第三点について。

論旨はいずれも単なる訴訟法違反の主張に帰し、刑訴四〇五条に定める上告の理由にあたらない。(第一点の論旨は原判決は被告人春日正一が規正令一〇条にいわゆる関係者にあたる六・六追放者であることをことさらに判示をしない不備のある第一審判決をその不備を閑却し是認したものであると非難するに帰し、独自の見解を前提とする主張であって採るをえないし、第二、三点の論旨に主張する犯罪の場所は本件のような犯罪についてはこれを判示するの要がないから仮りに第一審判決がこれを判示しなかったとしてもそれだからといって違法といえないばかりでなく、同判決は不出頭の場所として法務府特審局を明示していること判文上明らかであるから、犯罪の場所を判示していないものとはいえない。されば第一審判決を是認した原判決には所論の違法は認められない)。

同第五点について。

論旨は結局被告人春日正一に対する出頭要求命令の送達が不適法であるとの控訴趣意を排斥した原判決は理由不備の不当を免れないというに帰し、刑訴四〇五条に定める上告の理由にあたらない。(論旨は結局被告人春日正一に対する出頭要求命令が適法の手続で行われなかったと主張してその効力を争う趣旨か、被告人春日正一は出頭要求命令を知らなかったと主張して犯意を否認する趣旨のいずれかを出でないものと解される。ところで出頭要求命令の効力を争う論旨の採用すべき限りでないことすでに青柳弁護人等の上告趣意第三点について説明したとおりであって、その点からも論旨は上告適法の理由とならない。また、第一審挙示の証拠に照して被告人春日正一が犯意を有していたものであるとの認定はたやすく肯認しえられるのであるから、犯意否認の論旨はあたらない。)

同第六点について。

論旨は被告人春日の控訴趣意第一点並びに布施弁護人の同第六点に対する原判決の説示は理由不備であるという単なる訴訟法違反の主張に帰し、刑訴四〇五条に定める上告の理由にあたらない。そして、原判決のこの点に対する説示はすべて正当であって、所論の違法は認められない。

被告人春日正一の上告趣意第一点について。

論旨縷述するところは結局原審は被告人春日正一の控訴趣意を理解も審理もしていないから、原判決は刑訴四一一条三号に該当し破棄を免れないというに帰し、刑訴四〇五条に定める上告の理由にあたらない。そして、記録を精査しても同四一一条を適用すべきものとも認められない。

同人上告趣意補足について。

論旨は結局被告人春日正一を追放する処分は無効のものであるというに帰する。しかし被告人春日正一に対する追放処分は昭和二五年六月六日附共産党中央委員の追放に関するマックアーサー元帥の内閣総理大臣宛書簡に基ずく指令によるものであるから、かかる指令の効力を争う主張に対しては判断すべき限りでないことはいうまでもないところである。(前掲判決判例集三巻七号九七四頁以下参照)

被告人山口正之の上告趣意第一点について。

論旨(イ)はマックアーサー元帥の指令による被告人春日正一に対する追放の効力を争う主張、同(ロ)は規正令の違憲無効の主張同(ハ)は被告人春日正一に対する出頭要求命令の無効の主張に帰する。そして各論旨の採用できないことはすでに説明したとおりである。

同第二点について。

論旨は第一審判決は任意性のない被告人山口正之及び山口久児子の検察官に対する各供述調書の供述を殆と唯一の証拠として判示事実を認定しているのであるから、同判決を是認した原判決は憲法三八条の精神に反すると主張するのであるが、所論の検察官に対する供述が任意に出てたものでないことを認めるに足る資料を記録上発見することができないから、右供述調書を証拠としたからといって憲法三八条二項に違反するとの論旨はその前提を欠き採るをえない。

同第三点について。

論旨は要するに原判決は共産主義的反対派を憲法の保障を無視して弾圧しようという政治的意図の下になされた不当に苛酷な誤まったものであるというのであって刑訴四〇五条に定める上告の理由にあたらない。そして記録を精査するも本件には刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって刑訴四〇八条刑法二一条に従い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

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